明延鉱業の後はまた播但線に戻り、香呂駅まで行った。ここには以前5トン移動機が使われていたが、この頃は高田製の8トン機に変わっていた。しかも、ここでの貨物扱いはこの月で終了するということで、最後のチャンスだった。8トン機は数が少なく、それ程撮っていなかった。ジャック軸駆動も珍しかった。
香呂駅には15:30に着き、18時過ぎまで撮影した。まずは和田山発の666Dが来て、さらにDE101063が牽く642レも撮り、仁豊野寄りの水田から和田山行きのDD51牽引の639レまで撮影している。客車は50系のレッドトレインだったが、夕方まで撮り続けた。
香呂駅は感じのいい木造駅舎だった。薄暗くなってきたので、切符を買う人まで写っている。
8トン移動機の入換え作業はもうすぐ終わると聞いた。DD54を撮りにきた頃は加藤の5トン移動機も使われていた。
晴れると逆光になったが移動機のサイドビューを撮影。
高田機工製移動機の走行部。ジャック軸駆動のロッド式で、こういうのも当時は珍しかった。
キハ26を先頭に気動車の編成も走っていた。
寺前初の区間列車はDE10が牽引。蒸機時代にはC57とC11を使い分けていたが、DLではDD51とDE10を使い分けていた。牽いている客車はレッドトレインになっていた。
DD51が牽引する和田山行きの639レ。もう夕方の通勤時間帯になっていた。暗くなるまで撮影した。
香呂駅の姫路寄りは水田もあるが新しい住宅地にもなっている。ここは感じの良い区間で、その後も何度かカラーで撮っている。
コメント