遠出はせずに近場での撮影を続けていた。福知山線では相野~藍本間で秋の列車を撮影。ペンタ6X7のカラーだった。さらに伊丹空港では原田進入灯へ行くことが多くなった。写真をみるとまだDC8も使われていたのがわかる。新旧様々な機体が見られた。
阪急電車もカラーで撮っているが、あまり形式は意識せずに撮っていたようである。
福知山線は特急「まつかぜ」が2往復のみで、キハ58の急行が活躍していた。
藍本付近の稲田を走るDD51の牽く旅客列車。中判カラーでは絶好の被写体だった。
東亜国内航空はYS11のイメージが強いが、当時は大躍進の時期になり、日本エアシステムへと続く。DC-9はMD87へと変わり、次々と新型機が現れたものである。
B747に続くワイドボディー。日本航空はダグラスDC10を選択した。1976年に6機が就航し、JA8532もその1機になる。
パンナムが世界を代表する航空会社だと思っていた。伊丹にも飛んできた。
日本アジア航空で使われたDC8-61。JA8038で61形初号機。1980年2月、日本航空から移管され、1986年
抹消。
北千里行き普通の1300系。1000シリーズのかつやくはまだまだ続いていた。それほど意識しては撮っていなかった。
5300系の急行が梅田駅に接近。バックに見える世界長のビルの下に地下鉄の中津駅がある。
京都線の特急は6300系。
十三駅に到着する宝塚線の普通。方向板は色別の識別マークが入る。これは5100系トップ編成の雲雀丘花屋敷~梅田行き普通である。
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