北陸本線へ行った翌週はさらに雪景色を求めて播但線へ行っている。その時のメモは残っているのだが、写真は少ししかデータが残っていなかった。カラーポジの大半は東京のフォトライブラリーに預けたので、元のナンバーがわからないのもある。ブローニーはナンバリングしていたが、35㎜でも撮るようになり、こちらは紙マウントに日付印を押すだけだった。そういうポジもデジタル化と共にデータをはっきりさせたい。その為にもこのブログをまとめることで、少しずつ解明している。日付のわからなかった「まつかぜ」のカラーもこの日に撮ったポジだと判断した。それ以外にレールガイに載った竹田のレッドトレインもどこかにポジがある筈である。
その次の建国記念日には湖西線へ行き、蓬莱で撮った後に北小松~近江高島へ行った。モノクロもたくさん撮ったはずだが、データは京都駅のスナップがあった。
雪の竹田駅へ行く。ここまでに福知山線の草野~古市間で「まつかぜ」を撮り、播但線の和田山~竹田間でレッドトレインを撮っていた。
竹田でも撮った696レを追いかけて生野峠へ行く。踏切でギリギリ追いつき、モノクロだけで撮影できた。
貨物列車の通過した雪の踏切。まだこの頃はタイヤチェーンだったが、ここでは使ってすないと思う。
播但線の後に山陰本線の梁瀬に寄っているのは、当時の撮影メモからわかった。7Dと8Dの両方が撮れたようだ。
湖西線ではたくさん撮ったのに、データは少なかった。ここは駅間の有名な撮影ポイントで白髭神社の鳥居も見えている。117系新快速もここまで走っていた。8000台だから延長運転の様だ。
EF81牽引の貨物列車も走ってきた。
帰りに京都駅でスナップ撮影。大阪行き「雷鳥」が止まっていた。
京都駅の留置線には103系が並んでいた。かつてはここに旧型国電が休んでいた。
「雷鳥」が発車した。
スキー帰りの人も快速に乗るようだ。
キオスクも撮っていた。そり遊びをした家族もいる。
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