大谷鉱山の軌道や坑口をたくさん撮っていた。これを分かり易く説明できたらいいのだが、実のところよくわからない。
廃坑になってからかなり経って発行された冊子を持っている。私も写真で参加していたから。その冊子を読んでも、坑道や軌道、機関車や貨車の他に工場の設備等の解説は無かった。鉱石の説明や論文等が載っている。
中央抗は北側にあった。将来はこちらが中央になるという事で名づけられたという。
北地区のズリ捨て線。会社ではズリが尾鉱と呼ばれていた。
北地区の事務所はすでに使われていなかった。
この坑道から鉱石を出していた。出口にグランピー鉱車が止まっている。
ここで鉱石を落とす。下には選鉱場がある。この後ろ側に火薬庫線があるが、線路はつながっていないようだ。
火薬庫には特殊な保安装置があるという事で、近づけなかった。
火薬庫の入口。
この先に火薬庫がある。
これはインクラインのウインチ。
選鉱場の方からインクラインがあった。
コメント
コメント一覧 (2)
将来の進路に悩んでいた時期でした。
大谷鉱山で親切にしてくれた若い職員の方は
京大資源工学科卒でした。
その影響で次の大学模試で志望校に秋田大鉱山学部と書いた
今から思うとピュアな高校生でした(笑)。
nainen66
がしました
秋田県には大きな金属鉱山がたくさんありましたが、すでに国内鉱山は終わりかけていました。志望校に弘前大学と書いていた奴はいました。
nainen66
がしました