岩見沢から先の区間はかつて石狩炭鉱の中心地で、SL末期の頃にはたくさんのファンが訪ねた所になる。
北海道に鉄道が通じたのは幌内炭鉱へ向かう鉄道で、岩見沢を通っていた。さらに美唄・茶志内・奈井江・砂川からも運炭鉄道が分岐していた。豊沼には三井東圧化学があり、蒸機ファンから専用線ファンまで、たくさんのファンが訪れたものである。
その後、炭鉱は衰退し、電車の本数も減っていて訪れる人も少ない。
たくさんの貨車で溢れていた貨物ヤードも今はもうない。この区間を懐かしく思う人も少なくなってしまったと思う。
岩見沢駅と言えば昭和8年改築の北海道らしい駅舎だったが、2000年に火災にあい、近代的な駅舎になった。
活気に満ちていた岩見沢駅の構内もガランとしていた。
当時は人気急上昇の旭山動物園。キハ183系のラッピング特急も走り、上り列車を岩見沢駅で撮影した。
峰延駅も歴史は古いが駅舎は昭和63年に改築。
キハ183の特急「オホーツク」が通過。閑散とした駅で、列車写真は撮りやすい。
光珠内駅は昭和27年にできた古い駅舎が使われていた。もとは信号場で、駅に昇格と共に駅舎ができた。
大体は岩見沢駅より先はこんな感じである。電化区間でも客が少ないと気動車も使われていた。
かつて美唄鉄道が分岐していた美唄駅はこんな立派な駅舎になっていた。2002年できた橋上駅である。私は50年前にここで降りて美唄鉄道のEタンクを撮影した。
橋上駅のガラス越しに構内を撮影。左側にヤードと美唄鉄道の機関区があった。ここが美唄市の代表駅になっている。
茶志内駅からは三菱鉱業の運炭線があったが、昭和42年に廃止されていた。駅舎は昭和39年に改築されたもの。
今は原野の真ん中という感じの茶志内駅。
奈井江駅は三井鉱山の奈井江専用鉄道が出ていた。テンホイラーの8850形が使われていたが、閉山が早く、我々では間に合わなかった。
砂川駅は明治24年に北海道炭礦鉄道の空知線として開業している。先に歌志内方面が開通した。駅舎は1989年に改築されているが、2006年には自由通路ができた。
砂川駅からは歌志内や上砂川への炭鉱へ支線があった。こちらにはSLを撮りに行くことも無かったし、乗車もしていない。歌志内線は昭和63年に廃止。平成6年に上砂川支線が廃止になった。
コメント