青森では昼間に特急を撮りまくり、夕方になって八戸の専用線へ行く。
ちょうど7年前でいい思いをしたところだが、本八戸駅は高架になり、貨物ヤードは移転していた。貨物扱い所というのができていた。さらに八戸臨海鉄道の終点にも行き、入換えのDD35-2を撮り、DD56-3を追って八戸駅へ行き、国鉄のDE10も撮れた。
さらに鮫駅にも行き、八戸通運のスイッチャーを撮影した。
暗くなってから、少し離れた陸奥工業枡館作業所のプリモスを撮りに行く。ここはよく知らないが聞いていて、なんとなく場所は知っていた。今から行こうと思っても行けないだろう。住友セメント八戸で使われていたというナローのプリモスが2両保存されていた。是非とも行きたい所だった。
八戸臨海鉄道の終点が北沼駅で、秋田臨海鉄道から移ってきたDD352がいた。
八戸貨物駅で入換えをするDE101153[八戸]。
八戸貨物駅 ここから八戸臨海鉄道の起点になる。DD562がいたが、近づけなかった。
本八戸貨物扱い所にはNo3 協三製30トン3軸ロッドである。

DE101127[八戸]が来ていた。
ちょっとこの辺りは記憶が飛んでいて、説明もできない。
八戸通運のNo12は協三製20トン機。

鮫駅には八戸通運の45BBH 三菱製45トン機がいた。
事業用貨車も来ていた。
プリモスが撮れるなら、暗くなっても探し出した。
しかも保存機が2両いる。
すでに発表済みの写真はカットされています。
コメント
コメント一覧 (2)
現在、駅跡は、みさき通りとなっている様で、この踏切も交差点になっている模様です。
ちなみに、岩堀さんブログその1「東北の旅1978-10その3」での、協三15t機がいたカーブの専用線は、この「湊」貨物駅から西に分岐していた日東化学工業専用線だと思われます。
当時の情報の無い中で、良くあちこち探索されておられたなと思います。
以前の本八戸DD11 5もそうですが、鮫の45BBH(NO.1)もカラーで見られて、非常に有難いことだと思います。水色のラインと前照灯とが格好良いですね。
鮫の専用線に関しまして、ネット上での過去の鮫駅付近での写真や、八戸通運DR202CL(これもNO.1)の写真、過去の航空写真などから考察しますと、八戸通運動車の車庫は、駅南西側のヤードと、駅から遥か西方の第三魚市場の根元付近との、計2箇所があったのではないかと、勝手に推測しております。(DR202CLは第三魚市場側、DD451は駅側ではなかったろうかと、勝手に思っております。)
本八戸の元国鉄DD11 5に加え、鮫の北拓DR202CLと関鉄DD451とが見られれば、狂喜乱舞だったことでしょう。
nainen66
が
しました
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