仙台臨海鉄道の撮影後は仙石線に沿って石巻へ向かう。塩釜では何も撮っていない。途中の矢本では航空自衛隊の松島基地に寄る。ここがT2ブルーインパルスのベースである。一年前に浜松で墜落事故を起こしたが、練習は続けられていた。他にも大宮ナンバーで撮りに来ている人が一人いた。
石巻港には1976年にも来ているが、歩きだったので、今回はさらに奥の側線まで撮影できた。アント77も使われていた。十条製紙石巻工場ではDD11タイプのDD351が撮れたのが収穫だった。
そこからまた仙台を通過して名取へ行く。サッポロビールの側線で日通の協三製25トン機を撮影。これは以前に車窓から見ていたが、8年後に撮れたことになる。すでに夕方になっていた。次の岩沼駅では大昭和製紙があるが、20トン移動機が撮れただけだった。宮城県の撮影を終えて、この日は福島で泊まった。
松島基地で訓練から戻って着陸したブルーインパルスのT2。一年ぶりの再会になった。その後、1983年10月25日に朝霞駐屯地の自衛隊観閲式で展示飛行し、アクロバット飛行は1984年7/29の松島基地祭から再開した。
ジェット練習機のT2やT33がひっきりなしに離陸した。T2は三菱重工製超音速高等練習機で初飛行は1971年、退役は2006年である。生産数96機。
着陸の時はパラシュートで減速する。ドラッグシュートと呼ばれている。
石巻埠頭サイロではアント77型が使われていた。飼料の輸送基地になる。

貨物船から陸揚げした輸入飼料をサイロに貯めて貨車に積み込む。
石巻臨海運輸は十条製紙の先にあり、かつて国鉄で行っていた入換え作業を外注化していた。IB252は日車製25トン機である。25トンが2両と35トン機がいた。大阪港なら浪速鉄道産業や関西フレートサービスのような会社である。
IB252はその後、小山の高丘製作所に移っている。
十条製紙に行くと、以前は見ていない汽車製の35トン機が撮れた。DE10と並んだ。
DD351は連結器が台車マウントでDD11の民間向けバージョンである。製番台帳によると最初の納入先は東北パルプだった。
DD351が控え車を付けて入換え中。バックが十条製紙石巻工場で、後に山陽国策パルプと合併して日本製紙になる。
踏切を通過するDD351。
控え車はヒ501。

7年前に撮っていたDD402も現れた。協三製40トン機である。
工場の方からスイッチャーが出てくる。撮るのはいつもこの場所だった。2001年にも行っている。
名取駅ではED75重連も撮れた。右端にサッポロビールの工場が見える。
名取駅ではサッポロビールの日本通運 協三製25トン機を撮影。ロッド式である。この水準後に岩沼に移ったようだ。
夕方の岩沼駅は20トン移動機が撮れただけ。その後もここの専用線へ行くチャンスは無かった。
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