この頃は行動記録が残っていない。ネガのデータから推測するしかない。初日にはいきなり東北本線の矢板駅に行っている。当時始めていたデジタルビデオを撮ったのかもしれないが、再撮影にも行っている。矢板には元桜島の東洋埠頭にいた日立15トン機が来ていた。これは村崎野駅で撮っていた。さらに矢板での使用が終わってから足尾で保存された。
この日は午後に神保町のエージェンシーに行き、それ以外の行動は不明である。
翌日は尾久駅で撮影し、午後はJRPSの理事会に出席した。ここで有名なプロカメラマンに会うことができた。
尾久といえば学生時代から憧れの駅だった。ここの東北本線などの長距離列車の基地があり、かつてはC62等の大型蒸機が集まる機関区もあった。尾久のホームの横は客車基地でブルートレインの客車が出入りしていた。目にする機会の減っていたDE11が入換えに使われていたのも魅力だった。
東北本線の矢板駅には栃木県北通運のDB064がいた。かつては大阪の桜島で使われていた日立15トン機が使われていた。
矢板駅の構内にはEF65も来ていた。しかし、スイッチャーには近づけない。
逆光になるが駅のホームからは撮れる。ロッドの部分に特徴がある。
東京に戻る途中、宇都宮駅でDE101654[宇都宮]を車窓から撮る。
東京には何度も行っているが、尾久駅で降りたことは無かった。東北本線の各駅停車に乗らないといけない。駅の横は客車の留置線があり、常磐線の651系も見える。機関車のいる田端運転所はこの向こう側にある。
尾久駅に到着する211系の普通。
DE111041[宇都宮]が入換えに働いていた。
尾久駅から見えるのは尾久客車区になるのだろうか。詳しい事はわからない。
まだ当時は全国でブルートレインが走っていた。東北と北陸方面からのブルートレインが尾久駅のホームから見られた。
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