長崎方面での撮影後は鹿児島線方面へ移動し八代の手前で仮眠した。朝になるとさらに走って草道~上川内で関西からのブルートレインを撮った。「明星」と「なは」が撮れる。川内の手前で9時台にどちらも通過する。その前に客レの2121レも撮れた。時間は空くので「はやぶさ」は水俣~袋で撮ったが、頭しか日が当たらない。日奈久には温泉への馬車があるのがわかり、こういうのも乗り物の一種だから撮っておいた。好きで撮っただけで、一度も使われなかった。
八代には以前にも行っているが、保存機がいるというので撮りに行った。横手本町という所で小沢さんという人が何両か保存していた。その後も行ったが、今から行っても分からないと思う。旧線跡のような所だったのでわかるのだろう。ここでの目当ては日本セメント八代工場の加藤DLで、珍しいタイプだったので是非撮りたかったが、シートを被っていた。ウーパールーパーの10トンセンターキャブである。
その夜は水俣のビジネスホテル恋路で泊まり、翌日も同じ行程で鹿児島本線を撮った。
これは長崎本線の貼り忘れ。メインカットが抜けていた。こんなことも起こるのか。

こんな荷物列車もあったのか。2037レかな。

関西ブルトレの「明星」はまだ日当たりが無かった。
九州の赤いブルトレは絵本にも使われなかった。
線路の向こうからも無線でシャッターを切っている。ブルトレのカットは一枚でも多く撮りたい。
「はやぶさ」の撮影地は不明だったが、ノートで水俣~袋だとわかった。「はやぶさ」は途中で上下列車がすれ違うのだった。
水俣にはバテロコ撮りたくて何度も行っている。工場内に少し見えている。
日奈久駅は開業60だと思ったが、1923年だから一年前だった。その後、肥薩おれんじ鉄道に移管で駅名は「日奈久温泉駅」に改称した。
駅前に馬車がいるのを見たのは阪急の箕面駅くらいだった。
馬車といっても車体はバスっぽい。
C11は熊本から来たC11190。その後大井川鉄道に移ったようだ。
C6118は青森から最後に宮崎に来たグループになる。前部のみが残っていた。
ボンネットバスもいた。
日本セメントの工場はこの近くにあったのだろうか。サービスステーションではなかったのか。加藤の10トンでロッド式。色は日本セメントの肌色である。シートをはがして撮影したが、一人ではこの程度である。
ちゃんとナンバープレートがある。ここでセメントを作っていたのか。
いつもはこんな状態である。
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