亀嵩駅は小説「砂の器」にも登場して有名になった。駅舎は蕎麦屋が使っている。出雲横田駅は開業以来の立派な神社風駅舎がある。街も大きく、そろばんや刀剣の展示館がある。八川駅まではかつて貨物列車のスジがあり、C56の逆行運転が見られた。その次の出雲坂根駅が当線のハイライトで、スイッチバックがある。ここで高低差を克服したが、最近は国道に大ループができて、観光名所になっている。その先に三井野原駅があり、ここはスキー場で有名。そして、広島県に入り、棒線駅の油木駅を過ぎると備後落合駅に到着する。

 かつての備後落合駅は連絡駅として賑わっていた。ホーム売店は1990年に閉店している。もうこれ以上ないだけ寂れた駅になった。

 私が初めて木次線を訪ねたのは19698月で、出雲坂根駅でC56の牽く貨物列車を撮影した。しかし、貨車は1両だけで煙もはかずに勾配を登って来た。当時の撮影技術も未熟で、いい写真は撮れなかった。それから、八川駅折り返し貨物もあり、一駅間を全力で歩いて先回りする予定を変更して、気動車で移動したらすでにバック運転は到着していた。この時の記録はそれなりに値打ちがある。

 その後、C56の配置は19719月まであったようだが、末期の運転状況も、DLの稼働状況も分からない。ウィキペディアによると1982年に全線の貨物営業が廃止とある。当時は全国の貨物駅を回っていたが、木次線まで行く余裕は無かった。宍道駅の側線に半キャブがいるという情報もあったが、それ以外に行きたい所があって、撮っていない。その後に木次線に行ったのは1985年に乗車していて、撮影は民営化後になった。

亀嵩 1g9692
亀嵩駅は蕎麦屋で有名。小説「砂の器」では蒲田電車区の殺人事件でズーズー弁で「かめだ」という会話から刑事が出張するという。最初は秋田県へいったが、後に島根県でもズーズー弁だとわかる。これが解決のカギとなった。

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キハ120は1992年に200番台が登場し、1993年からは0番台の2次車が配置された。もう30年も使われていることになる。

キハ120-0007 ,出雲横田v6598
キハ120も塗装は地域色になった。運転本数はかなり減っている。キハ120の所属は2021年から後藤総合車両所出雲支所に変わっている。

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立派な社殿造りの駅舎は開業時からだった。

出雲横田 3g9687
出雲横田駅の構内は広く、保線側線もある。

八川 1c5384
八川駅は昭和9年に出雲三成駅から延伸して終着駅になった。開業以来の木造駅舎が使われていて、2009年には外観がリニューアルされている。待合室の内部も古い雰囲気が残されている。

八川 3g9682
かつては貨物側線もあった八川駅構内。今は棒線駅になっている。映画「砂の器」では亀嵩駅という設定でロケがあった。

出雲坂根 1g9663
出雲坂根駅ではテント生活したこともあった。駅舎は2010年に新駅舎が完成し、車での来訪者を集めている。延命水という地下水が湧いている。

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出雲坂根駅の構内。国道314号線に奥出雲おろちループができて、観光客が激増した。

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出雲坂根駅からはスイッチバックで標高を稼ぐ。トロッコ列車の「奥出雲おろち号」が下って来た。

三井野原 3g9661
三井野原はスキー場があるが、普段は静かである。

油木 3v6622
油木駅は島式ホームで交換ができたが、今は片側が廃止されている。この駅から広島県になり2005年に西条町から庄原市になった。広島県最北の駅になる。乗降客数はほとんどいない。

奥出雲おろち号 、油木k8056
DE15を先頭に備後落合を発車して帰路についた「奥出雲おろち号」。