江津駅からは「さんべ1号」で益田駅へ向かう。途中で浜田と三保三隅に止まる。浜田駅には3分間止まるが何も撮っていない。大きな駅でかつては機関区もあったのに撮影は少なく、2000年に駅舎と構内を撮るまではDD51の止まっている写真が一枚あるだけだった。地方の主要駅で行ってもいるのに写真がほとんど撮れなかった駅がいくつもあり、後になって残念に思う。
益田駅も1976年の旅行で専用線を撮りに行っている。大和紡績の工場があり、ここに超古典ロコがいると想定されたので訪問した。それは外れたが、スイッチャーはいて工場の外から撮影できたしDD16との授受にも遭遇した。山陰地方は情報が少なかったが行くべき貨物駅はたくさんあったことになる。
益田駅では約2時間の滞在で、山口線の沿線にある工場の側線でスイッチャーの入換え作業が撮れた。その間に通過した特急「おき」も撮影できた。
国鉄末期の主要各線では特急と急行が運転されていて、全国的に交通網が形成されていたのがわかる。これがJRに引き継がれたが、時間が経つに従って急行が無くなり、取り残された閑散線区が増えてきた。
益田駅を発車するキハ35先頭の3連。これは10:26発の山口線小郡駅のようだ。駅の西側で国道9号線が山口線を越えている。1976年にもここで撮っている。当時はDF50が余っていたが、DD51が大量に止まっているのも見えている。
大和紡績の益田工場。もうこの後で会社名はカタカナになる。1976年には加藤の15トン機が撮れたが、ニチユ製15トン機になっていた。
工場の外に踏切があり、ニチユ機が横切る。手前の線路は山口線になる。
駅の方に授受線があり、貨車がたくさん止まっている。
貨車はタンク車が多いが、興味があるのはスイッチャーである。
たくさんの貨車を工場内に引き込む。
ここで組成するようだ。
山口線から「おき2号」が通過する。
特急とスイッチャーの並びが撮れた。
工場内の入換えも撮れた。工場は1988年にダイワボウレーヨンになっている。
工場内での入換え作業が続く。

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