益田駅からは「おき3号」で小郡駅へ向かう。益田での滞在時間は2時間だった。この日で連休は終わり、家に帰らないといけない。途中の津和野駅からは若い女性客がたくさん乗ってきた。これが有名なアンノン族というのではないか。みんな立ったまま小郡まで行く。

 ここからはもう一ケ所行きたい所がある。徳山駅まで行って岩徳線の客レを撮る。DE10の客レが午前と午後に一往復運転されていた。午後の列車は15:27発で、それを撮ってから新幹線で帰ることになる。正確な旅程はわからないし、見ている時刻表も1983年だから正確かどうかわからない。これにて盛りだくさんだった中国地方の旅を終わることになる。

 岩徳線というのは歴史的に興味深く、山陽本線のルートだった時代もある。非電化だがホームが長くて、本線列車が運転されていた施設が残る。山陽本線の複線化では長大トンネルのない柳井ルートに戻されている。全通は昭和9年で、山陽本線になり、柳井経由は本線から分離して柳井線になる。しかし、柳井線の複線化が完成して昭和19年に山陽本線に復帰。岩徳線は山陽本線から分離してローカル線になる。国道2号線は岩徳線に沿っていて、沿線は何度も走ったことがある。客車列車も運転されていたが、廃止前になんとか撮影できたことになる。1971年まではD51の牽引で、DL化後も長編成の客車が使われていたが、廃止前には50系客車の5連にまで減っていた。
8501220 キハ26-171徳山
キハ26 171が待機していた。準急型キハ55系で平坦線向けの1エンジン。国鉄末期には全廃になった。

8501221 キハ26徳山
徳山駅の側線で岩徳線用の気動車が止まっていた。

8501222 徳山キハ26
岩徳線のサボも記録。

8501223 徳山115
115系が到着。左はキハ30である。

8501224 徳山DE111044
DE101044[広島]

8501225 徳山駅ホーム
徳山駅のホーム風景。乗客は跨線橋へ歩いて行く。ブルトレインも止まるのがわかる。岩徳線の客レも入線してきた。

8501226 DE101075徳山
DE101075[広島]に牽かれて834レが入線。バックに新幹線の高架駅も見えている。

8501227 岩徳線50系
短命に終わった50系客車がここでも使われていた。

8501228 岩徳線DE10
岩徳線は次の櫛ケ浜駅から分岐する。ローカル線だが本線より短絡ルートで途中に長大の欽明路隧道がある。山陽本線の通過では岩徳線の営業距離で計算されている。