福知山線の宝塚駅は明治30年に阪鶴鉄道によって開業した。その後、福知山まで開通して福知山線になる。昭和9年にはコンクリート造りの駅舎ができ、それは2008年まで使われていた。この駅舎には高校時代からたくさんの思い出がある。当時かろうじて走っていた吹田のD51が牽く砕石列車の写真を撮りに行ったものである。福知山線の客車列車も好きで、ここから何度も撮りに行った。最初はDF50が牽いていたが、その後はDD54やDD51が牽くようになった。
その後、車で撮影に行くようになると、宝塚駅に行くことも減ってくる。国鉄の駅と阪急の駅は国道176号線を挟んで向かい合っていた。その阪急駅は長い間かかって高架工事が進められたが、1994年に完成した。その時に国道は地下を通るようになり、その跡地でバス乗り場も整備された。
JRの宝塚駅が橋上化されたのはかなり後になってからで、完成は2010年だった。阪急の駅とはペデストリアンデッキで繋がり、「エキマルシェ」も開業した。
福知山線と言えば国鉄時代には長編成の客車列車が運転されていたが、本数は少なくてスピードも遅かった。末期に複線電化されて、民営化後になって運転本数が増え、乗客数も増加した。かつてはほとんどの客が宝塚駅で降りて阪急に乗り換えていたものである。
阪急の反対側にJRの宝塚駅がある。歩道橋は早くに完成していたことになる。駅前は阪急の高架化と同時に整備されている。
宝塚駅の構内は電化と複線化によって先に改装されていた。最初の電化は宝塚駅までで1981年だった。その前に複線化も完成していた。宝塚駅より先は1986年8月1日複線化で、1986年11月1日に電化した。
宝塚駅の構内は2面3線で宝塚駅折り返しの電車もある。
歴史のある旧駅舎はかなりコンパクトな建物だった。コンビニと共に4月12日に閉鎖されている。
工事中の仮駅舎は西側の建物にあり、不便そうだった。
当時の駅前風景。
すでに旧駅舎は解体された。下り電車の先頭より撮影。下りホームは大阪よりも撤去されている。
宝塚駅に接近する下り電車より。阪急からの歩道橋はJR駅の北側まで伸びていたのがわかる。この部分も工事前に撤去された。
橋上駅舎の工事中。途中の記録はあまり撮っていない。
完成直前の新駅ビル。駅の改札口は写真の左端から右端に移ることになる。
阪急側から見たJRの宝塚駅。駅ビルの東側は食品売り場の「エキマルシェ」である。国道は地下を通っていて、地上は大きなロータリーとバス乗り場がある。
完成前の駅ビルを西側から見る。
橋上化された駅の改札口付近。多くの乗降客をさばける駅になった。
駅の東側にある商店街。この辺りはあまり変わっていないような気がする。高校時代からこの踏切付近をうろうろしていた思い出がある。
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