もう清水港線は前年に廃止されていた。沿線で使われていたスイッチャーは清水港湾博物館で保存されていた。さらに1975年に廃止された静岡鉄道清水市内線の電車(モハ65)も見られた。後にフェルケール博物館に改称された。
翌日は三島~函南間の竹倉鉱泉でブルートレインを撮影した。晴れてはいたが富士山の姿は見えなかった。さらに三島の東レで三菱製35トンB-A機を撮ってから長野県へ移動した。
水産調査船の俊鷹丸
清水港湾博物館には前年に廃止された清水港線の沿線で使われたスイッチャーが保存されていた。巴川口の清水運送DB152もいた。保存するなら三菱の13トン機だと思うが、解体されたのだろうか。
可動橋の手前にいつも止まっていた加藤の8トン半キャブも保存される。
清水港湾博物館は後にフェルケール博物館というという美術館になり、屋外の展示品も変化がある。日車機は美保駅跡に移っている。
清水市内線のモハ65は貴重な保存車で、元西武鉄道という経歴だが、車体は長沼工場で鋼体化改造されている。その後、2010年に富山県の伏木に移った。
竹倉を通過するEF66牽引の「みずほ」。あるべき富士山が見えない。
185系の普通も運転されていた。
EF6550[吹田]が牽引する上り貨物列車。富士山はうっすらと見える時もある。
113系の長編成も通過する。
EF6565[稲沢]の牽く短編成の貨物列車。
三島の東レでは三菱製35トンのB-A機が使われる。片ボギーで人気があった。工場からは新幹線の高架下トンネルを通って駅の北側に出て来る。ナンバーは富士1号で、同形の2号と交代で使われる。
貨車の授受を終えて推進運転で工場へもどる。この付近の足場は溶岩の上だった。
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