ゴールデンウイークの旅はさらに続く。東海地方から北陸に移り、北陸本線の特急と共に各地のスイッチャーを撮影した。富山地方鉄道の富山市内線も少しだけ撮っていた。城端線の二塚駅には製紙会社の専用線があり、スイッチャーが田んぼの中の大カーブを走る。1976年に初めて訪ねた時には砕石側線に加藤の小型機がいたが、それはすでに代替わりしていた。
それから高岡~西高岡で特急を撮り、西の方へ向かう。
長野県から移動した夕方に上野行き「白山」を撮っていた。この近くの富山ユースホステルに泊まったのかな。
富山地方鉄道 7021 軌道線は7000形が走っているのを何度も撮っているが、どこで撮ったのかわからないのも多い。
富山地方鉄道の軌道線 7020 
富山から金沢間は特急もたくさん走っていた。「北越」は大阪~新潟間の特急として1969年に登場した。その後1978年に金沢~新潟間の1往復になるが、上越新幹線の開業によって増発されていた。

475系の小型ヘッドマークはまだ使われていた。「こしじ」の時代が懐かしい。この塗装は今も走っていて、先日も500円の急行券で乗っって来た。
北陸本線の普通は急行型の475系も使われる。
EF81107[富山二]の単機が通過。
大門土石の加藤10トン機。かつては加藤の7トン機(北陸電力工事用)がいたが、富山港線沿線で使われた富山通運機に変わった。

大門土石の砕石側線はまだ使われていたようだが、動いているのは見たことがない。
砕石側線の横でDD13が入換え作業。
DD13649[富山一] 全国で見られたDD13の活躍も最末期になる。
DD13の入換えシーン。直線が城端線で、カーブしているのが中越製紙の専用線。
中越パルプ工業のニチユ製20トン機がワムを推進運転で出場する。
田んぼの中の大カーブは絵になった。この貨物は2015年まで続き、ビデオでも撮りに行った。
組成して長編成になったワムを牽いて製紙工場に帰っていく。
新日本海フェリーの「ニューすずらん」。当時はターミナルも市街地に近い所にあった。敦賀から小樽行きの大型フェリーで1979年に竣工、16,239トンだったが、後にトラック積載量を増やしている。1996年ギリシャに売船された。
海上保安庁の巡視艇も撮っている。PM03 バックの山が金ヶ崎城の城跡で、その手前に貨物ヤードがある。
敦賀港では敦賀鉄道産業の日車35トン機が入換えに使われる。古い駅舎も使われていた。
敦賀鉄道産業のD351は日車の規格型35トン機。元は国鉄機の入換えを外注化したのだが、JR貨物になると外注は改称して351は多気に移った。
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