敦賀からは山陰地方へ向かう。朝の餘部橋梁でブルートレインの「出雲」を撮影し、さらに午後まで滞在して鉄橋を渡る列車を撮影した。当時はまだ旧型客車の客レも運転されていた。
午後からさらに西を目指す。夕方の宍道湖畔で上りの「出雲」を撮り、さらに知井宮駅にも寄った。ここにはかつて京都工機部製移動機が使われていたが、すでに協三製10トン機になっていた。
伯備線と山陰本線の出雲市までは1984年に電化されていた。正確には知井宮駅まで電化で、車両基地ができていた。1986年11月1日に貨物輸送が廃止で、駅員無配置になる。1993年には西出雲駅に改称した。
餘部鉄橋をDD51の牽く「出雲3号」出雲市行きが通過する。
カラーでも撮ったが、この光線ではヘッドマークが写らない。
DD511178[福知山]の牽く朝の通勤列車。
まだ旧型客車が使われている。
下りの客レも撮れた。
ここで客車4両にまで減っていた。
餘部駅の西側には桃観トンネルがある。この付近でも列車の編成写真が撮れる。
特急「あさしお3号」倉吉行きの長編成が通過。
DC急行もまだ残っていた。短いから「但馬1号」かな。
午後の上り普通が到着。
午後の光線だから「だいせん1号」かな。編成が短縮されている。
荷物輸送のために各地で客車列車が残されていたが、荷物輸送が廃止されると客レは激減することになる。客車は12系も使われていた。
最近になってデジタル化した上りの「出雲2号。DD511127[福知山]にはヘッドマークが付いている。
知井宮駅の先の車両基地まで電化されている。知井宮駅には合板工場に木材の到着があった。原木を降ろすための走行クレーンができていた。
協三の10トン移動機だが、所有者がどうなっているのかはわからない。
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