門司でブルートレインを撮った後は北九州港湾局に少し寄って、後は帰るだけである。これで今回のすべてのスケジュールをこなしたことになる。
北九州港湾局は1977年に初めて行っているが、最初は情報も少なく、田野浦で新車のDE651を撮った。その後、大久保という所に車庫があり、スイッチャーが何両かいた。ここは北九州港湾局と日通の車両で分担していたと思う。場所は門司港インターを出てすぐの所で、九州取材で行く度に訪ねるようになった。元は三菱の30トンBBが使われていたが、1976年に65トンの大型機になり、さらに元国鉄のDD13が1980年頃に加わった。石灰関係の貨物が集まっていて、輸送量は多かった。
貨物列車は門司港駅から外浜を経て和布刈のトンネルまで運ばれる。トンネルの出た所に雨ケ窪という側線があり、ここで授受が行われる。だんだん様子がわかってきて、DD51との授受も撮るようになっていた。港湾局の方はこの日DD1365が使われていた。もうその頃には30トン機は使われていなかったようである。さらに民営化後にはJR貨物のDD51が直接に田野浦の側線まで乗り入れるようになっていた。
DD51730[直方] 門司港から和布刈(めかり)隧道を抜けた先に雨ヶ窪信号場があり、当時はここまでDD51が運転されていた。金田や石原町等から石灰列車が到着する。
田野浦で荷下ろしした貨車をDD1365が牽いて雨ヶ窪に向かう。
北九州港湾局のDD1365は元国鉄のDD13。八王子で1979年に廃車となっている。
雨ヶ窪に到着DD1365の牽く石灰列車。

雨ヶ窪から門司港方向を見る。線路はすぐ先で左にカーブして和布刈隧道に入る。その向こうに関門橋が見える。
大久保は北九州港湾局の車庫がある。30トン機は休車で、奥にDE651が見える。この辺りは1929年に開業した門司築港からの歴史がある。門築土地鉄道の廃止後に市営田野浦公共臨港鉄道になる。貨物輸送が終わってからはトロッコ列車の運転で使われている。
DD1365は台車がイコライザーの古いタイプ。こういうのが専用線で残っていて動くのが見られたのだった。
大久保の機関車群。この先にある食糧倉庫を抜けると、田野浦埠頭があり、セメント側線がある。大久保には飼料の貨車も来ていた。
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