この頃の出来事として、初めてのデジタルカメラになるキヤノンのパワーショットG1を購入した。小さなデジカメは使ってみて色々な可能性を感じた。画素数は少ないけど、小さな銘板やサボを取るようになって、その後の行動が変化することになる。
何が目的か山陰本線の西部へ行っている。当時は1998年から始まった貨物列車が発電所に走っていたが、その線路を撮影していた。
この列車はDD51が美祢線の美祢駅から山陰本線の岡見駅まで運転されていて、かなりの話題になっていた。しかし、私にとっては相性が悪く、撮りに行っても運休していることが多く、ほとんど撮れなかった。貨物は撮れなくても海を入れてキハ120なんかは撮っている。それから伯耆大山のスイッチャーも撮っていた。
どうもその後はモノクロの撮影が減っていて、九州や四国に行っているのに記録が残っていない。その次に現れるのは京都のナローゲージ保存機だった。
五十猛駅のスナップ。キハ120の横には除雪用のモーターカーも止まっている。
中国電力 三隅発電所 1号機は1998年6月に運転を開始した。
国内最大級 出力100万kWの石炭火力で、貨物の引き込み線があり、フライアッシュの再利用で美祢までの専用列車が運転された。美祢からは宇部興産の炭酸カルシウムが送られる。
かつてはこの右側を山陰本線旧線が通っていた。
山陰本線の旧線を使った引き込み線が岡見駅から出ている。発電所建設で1992年に山陰本線の経路変更が行われた。写真の左側をトンネルで通っている。
田儀〜小田の海沿いをキハ120が走る。国道沿いの撮影地である。
キハ120-313
キハ187系の「スーパーおき」が通過。
伯耆大山駅には王子製紙米子工場のスイッチャーが出てくる。この日は元万富のNo9が出てきた。
No9は日立製25トン機である。
伯耆大山駅ではJRの20トン移動機も使われていた。
新大谷鉱山の資料館にも行く。怪しげなレールの先にトロッコが見える。
マンガン鉱山の構内も見学できる。
動力車は無く、トロッコをウインチで引き上げていたのか。
斜坑の入り口が残っていた。線路の敷き方はあまりリアルではない。
ここから坑道の見学がで、資料館もあった。
現在の南丹市 日吉ダムの近くにできた郷土資料館にニチユの2トンBLが保存されていた。
かつてはこの地域にマンガン鉱山がたくさんあり、殿田駅(現 日吉駅)から輸送していた。この車両がどこから持ってきたのかがわからない。
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