いよいよデジタルの一眼レフが実用化に向かっていた頃、フイルム撮影の方も最高潮という感じになっていた。1999年にはペンタ6X7IIを買っていたし、フイルムカメラのEOS3も買っていた。まだデジタルより、カラーはフイルムだと思っていた。実際に初期のデジタル一眼では性能的に不足があった。しかし、新製品が出るとともに実力はアップしてきて、数年後にはフイルムから完全に決別することになる。
2000年頃は色々な進歩があって写真を撮るのも楽しかった。どんどんと撮っていきたいと思っていた。デジカメでは最初に銘板やサボを撮り出して各地を回っていて、それも楽しかった。その時期にカラーポジもたくさん撮っている。さらにデジタルビデオも撮っていて、めちゃくちゃ忙しかったことになる。
特急「くろしお」は京都からの運転が始まり、283系「オーシャンアロー」が1996年に登場し、「スーパーくろしお」も新色になっていた。
和歌山線を走る105系。国鉄時代にローカル線用に登場した電車で、旧型国電の置き換えと、新しい電化路線にも使われた。2両編成の1M方式で、新造車と103系からの改造もあった。
関西本線の法隆寺駅付近を走る221系「大和路快速」。年末はルミナリエのヘッドマークが付く。
加島の市営住宅からも新幹線が撮れた。
山崎の名神交差は人気撮影地でよく尋ねている。スカートの切り欠かれたボンネット雷鳥は「ユートピア和倉」対応だったかな。
川崎重工の横を走る103系電車。右端に見えるヒカリ引越センターは安くてお勧めである。
2001年から和田岬線は電化して103形が使われていた。旋回橋で兵庫運河を渡る。
川崎重工ではEF81に替わる交直流電機が登場する。この場所は後に木が茂って撮れなくなってしまった。
まだ神戸貨物ターミナルはできていなく、工事中だった。甲種輸送はDLの牽引で吹田まで向かい、そこから富山へ行くと思われる。
山陽新幹線の相生駅に到着する0形「こだま」。
近鉄大阪線は法善寺駅付近に撮影地があり、今でもまだ撮れると思う。この付近はサイドビューを撮りにいき出してから知った場所になる。
近鉄大阪線の準急。近鉄の形式には詳しくないが、古いタイプも残っていた。
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