最近よく行くのが川崎重工の兵庫工場。DE10が牽く新車の甲種輸送を撮影している。もうこの機関車がいつ引退しても不思議ではない状況になっている。兵庫駅を出ると駅前広場に柱が立ったモニュメントがある。説明板もあり、これが山陽鉄道の数少ない遺構になっている。
兵庫駅の南側には元々は山陽鉄道の機関区や工場があったが、その跡地は貨物駅になっていた。そこにレンガ造りの建物が残っていたのには気付かなかったが、その柱にイギリス製の鋼材が使われていて、それが残されている。
貨物駅は1984年に役目を終えているが、貨物ホームはしばらく残されていた。JR発足後の新車登場でよく現地に行っているが、その頃には残っていた施設もしばらくすると解体されてマンションが建つことになる。その工事は大震災の後に完成したので、復興住宅とも思われたが、実際のところはよく知らない。小さな水路が作られてキャナルタウンと呼ばれている。
神戸の鉄道は官設鉄道が明治7年に神戸~大阪間が開業したが、一番目の新橋~横浜間の記録に対して、注目度は低い。さらに山陽鉄道については残された記録もほとんど無い。
煉瓦倉庫に使われていたイギリス製の柱。リバプールのハミルトン製である。
キャナルタウンの説明板は街の西側にもあり、古い地図で説明されている。
キャナルタウンには運河が作られ、駅前にモニュメントができている。これが山陽鉄道の存在を残すものだが、戦災や震災被害を表現しているようにも見える。
山陽本線の下り電車から地上駅のオハ64を撮る。通勤用で片側3扉である。
国鉄時代の地上駅を見る。
川崎重工の甲種輸送は何度も撮りに行った。この頃にはまだ貨物の上屋が残っていた。その後、線路の手前にフェンスができたが、そこから撮影は出来た。その後に和田岬線ホームの工事が始まり、撮影には行かなくなっていた。
和田岬線100周年の記念列車。マイテ492も見える。貨物ホームを解体した廃材の上で撮っている人もいる。
更地になった兵庫駅の貨物駅跡。手前に古い建物があるのが気になる。
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キャナルタウンの工事は震災前から始まっていた。結果的にはここに多くの被災者が住んている。右下にある小さなビルが残っていて位置関係がわかる。ちょうど和田岬線キハ35の回送が写っている。
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nainen66
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